民謡の想い出BGM十三の砂山  定年いろいろトップページ
 近所の人の誘いで平成16年(2004年)7月6日から民謡教室に入った。その後、同年/12/01から又、民謡三味線を唄と同じ先生から習うことになったのだが
民謡教室の日記やメモ帳のように使う、民謡のふるさとの話も面白い。平成21年(2009年)10月21日三味線教室を退会することになった唄の教室は続けている

             
  三 味 線     民謡のふるさと     民謡日記2006/01/21〜   民謡日記2004/07/06-2005/11/20   発表会等の動画

民謡日記 2006年(h19年)1月21日〜

2017/04/16(日)春文会第41回発表会
 史洋会合同(32th)生涯学習センター 神長老林節・竹田節の二曲唄う 10:30開演-16:20 帰路についた
2017/03/26(日)
春文会第41回発表会(史洋会合同第32回)リハーサル0930-1530 カムカムにて本番は4/16生涯学習センター
2017/03/18(土)史洋会の発表会(春文会と合同発表会4/16)リハーサル 今城塚0900-1200

2016/11/23(祝日)
 
第24回淀川三十石船舟歌全国大会 見学
2016/11/13(日)
 
春文会役員会 合同発表会関係 春文会本部0900-1100
2016/10/29(土)
 
高槻市郷土民謡現代劇場「宇和島さんさ」 進行係
2016/10/23(日)
 
カムカムで郷土民謡のリハーサル0900-1130 「宇和島さんさ」
2016/10/22〈土)
 
川西コミセンで郷土民謡のリハーサル1300-1530「宇和島さんさ」
2016/07/10(日)
 
本部にて28年度役員総会 10:00-12:00
2016/06/05(日) おさらい会(発表会31回)
 
今城塚公民館にて尺八・太鼓(史艶先生) 一般客は数人 終わってから「水車」で打ち上げ
2016/05/21 おさらい会リハーサル
 
おさらい会リハーサル 富田教室和室 おさらい会は6/5今城塚
2016/04/17 春史会40周年記念発表会
 
春史連合会で合唱唄う 「あがらしゃれ」「秋田米とぎ唄」「竜ケ崎豊年音頭」
2016/02/27(土)第2回富田フェスタ
 
民謡水曜会で出演 関の鯛釣り唄を唄う
2015/12/6(日)あわせ会と忘年会
 
原養魚場にて開催
2015/05/09(土)発表会打ち上げ
 
富田の岡嶋で開催 春文会主出席してくれる1200-1500
2015/05/06(水) 30周年記念発表会 
 
生涯学習センターホールにて史洋会第30周年記念発表会 1030-1430
2015/04/29(水)昭和の日 第1回富田フェスタ
 
民謡水曜会で「十三の砂山」を唄う
2015/04/26(日) 発表会リハーサル
 城西町の公民館カムカムにて 0900-1400 今年の発表会は30周年記念発表会なので生涯学習センター多目的ホールで行う 5/6連休最後の日
2014//12/14(日)あわせ会とおさらい会と忘年会
 
原養魚場にて開催する
2014/06/01(日)役員会 本部
2013/07/07(日)役員総会 本部にて
2013/05/19(日)おさらい会(第28周年発表会)
 
先生何とか出られる、よかった。唄、石投げ甚句、三番の歌詞を二番の歌詞でスタート、原釜大漁の出だしが上手くいかない。
2013/05/09(木) 先生入院中の高槻病院で役員会
 
先生出られなくてもおさらい会やってくださいという おさらい会は5/19(日)今年初めてレセプションルームで行う予定。先生なしでは不安・・・
2013/05/05(日) おさらい会リハーサル
 
公民館カムカム 弁当付きお茶持参 先生体調悪し
2012/11/11(日) 第16回合わせ会
 
公民館カムカム 9:30集合準備 唄の人は10:00 15:00時前に終わる 弁当つきお茶持参 唄「石投げ甚句」と「原釜大漁祝い唄」
 合唱「仙台よしこの」と「二声上げ音頭」

2012/05/13(日) おさらい会打ち上げ
 
阪急高槻市駅のがんこ寿司で1130から開催 会費は¥4000 担当は富田教室
2012/05/12(土) おさらい会(第27周年発表会)
 
生涯学習センター多目的ホール 開演11:00 唄は「あがらしゃれ」と「宇和島さんさ」を歌う
2011/11/06(日) 第15回合わせ会
 
氷室公民館10:00から15:30 「あがらしゃれ」「宇和島さんさ」歌う 合唱は「宮城野盆唄」と「越後田植え唄」 お囃子は「稲上げ唄」
2011/06/12(日) おさらい会の打ち上げ
 阪急高槻市駅のがんこ寿司で1130から開催 会費は¥4000 担当は本部、来年は富田教室
2011/06/05(日) おさらい会(第26周年発表会)
 生涯学習センター多目的ホール1030開場 11:00開演 15:00前には終了 唄は「黒田節」「祖谷の粉ひき唄」合唱「ワイハ節」「新島豊年節」を唄った。お囃子を「秋田米とぎ唄」
2011/05/22(日) おさらい会のリハーサル
 城西町のカムカムで9:00-15:00 先生方へのお礼を、司会を14:20頃終わった。お昼の弁当の空き箱の処分に困った。そういえば昨年もコーナンのロビーのゴミ箱へ入れたが冷や汗ものであった。
2010/11/07(日) 第14回合わせ会
 今年の合わせ会は温泉でやろうと計画を立てていたが先生のご主人が病気入院手術することになり開催日と場所を変更して氷室の公民館で行った。自分の唄は「祖谷の粉ひき唄」と教室の合唱二曲「祖谷甚句」と「竜ヶ崎豊年音頭」
2010/05/09(日) 第25周年記念発表会
http://teinenalbum.web.fc2.com/album148.html
 
高槻現代劇場中ホールにて開催
2010/04/29 (昭和の日)発表会リハーサル
 コーナン集会場にて第25周年記念発表会のリハーサル
2009/11/15(日) 第13回あわせ会
 
コーナンの集会場にてことしは三味線を弾かないので気楽でもありさびしくもあり
2009/12/20(日) 役員会
 来年5/9の25周年記念発表会の計画に関する役員会
2009/10/21 三味線部会退会
 
午前中、三味線教室であった、終わった後、お稽古についていけないから来月から退会したいと申し出了承される。 もっと続けたいのだが気持ちはあっても体が就いていけないのである。来月あわせ会があり、来年5月に25周年記念発表会がある、それまで頑張るつもりであったが残念ですが今月で終わりにしました。午後は唄の教室で唄の方は続けていくつもりである。
2009/05/03 第24回 発表会
http://teinenalbum.web.fc2.com/album138.html
今年は会場が変った、高槻市生涯学習センター多目的ホールでやった。現代劇場で続いていたので舞台周りも狭くて心配したが無事に終わった。
2009/04/26(日)リハーサル
コーナン集会所
2009/04/12(日) 第33回 春史会発表会
現代劇場大ホール

2008/11/16(日)第12回 あわせ会
今城塚公民館にて午前900開場
2008/06/04(水)午前中三味線教室で午後から場所を変えて民謡教室
これからこのパターンになる。なんだか忙しい
午後の民謡教室は富田教室へ初めての日である。皆顔見知りだがなんだか新たに別の会に入ったような気分である、旧西五百住教室の人たちに教室が閉止になる前、富田教室へ合流の話をしたら「それでは辞めさせていただきます・・」と言ったことを思い出した
2008/05/18(日)打ち上げ
 
高槻駅まで送迎バスがあり高槻森林センターで打ち上げ会、みんなの写真を撮ってあげた。「喜代節」を歌った
2008/05/17(土)第23回 発表会

 0800時現代劇場へ集合し1100時の開演に向けて準備して1600時前に終わり後片付けをして家に帰ったら1700時過ぎであった。
 なんと慌ただしい一日であったことか。  三味線が全く満足のいくものではなかった、唄は自分では旨いとはいえなくもと失敗したと思えないが三味線は駄目である。間違いだらけの演奏会って感じであった。  
 初めて経験した事だが民謡の合奏メドレー4曲、の舞台に膝ゴムを忘れて行ってしまう。最初だけ一寸弾いたが三味線が滑ってサッパリ弾けなかった。
 メドレー4曲も弾けないで座っている時間の長かったこと。指スリ、撥は勿論、膝ゴムといえども軽視してはならない大切な装備なのである。
 なぜ忘れてしまったか、民謡合奏出番のかなり前からお昼のお弁当食べていたユックリ時間はあったのだが、ふと、皆を見るともう誰も居ないのである!遅れてはならないと慌ててしまったのだ。舞台についてからでも調弦を繰り返し幕が開くまでにはかなりの時間もありすぐに膝ゴムを忘れていると気づけば十分に取りにける余裕はあったのですが開演直前まできづかなかったのだ。

2008/05/14(水)午前中三味線教室で午後富田教室で合同練習
 
今日の午前中の西五百住の合同練習で西よすみ教室は終わりとなってしいます。三人は高齢の為史洋会を退会してしまい管理人一人になってしまいます来月からは富田教室へ編入することになっています。
2008/05/13(火)西五百住教室で900-1200Hまで合同練習
2008/05/07(水)午前中三味線教室で午後富田教室で合同練習
2008/05/06(火)西五百住教室で900-1200Hまで合同練習
2008/05/4リハーサル(氷室公民館)
2008/4/27(日)春史会発表会
2008/04/23(水)午前中三味線教室で午後富田教室で合同練習
2008/04/22(火)西五百住教室で900-1200Hまで合同練習
2008/03/15(土)あわせ会(氷室公民館)
 
稽古中、竹内さんの椅子が壊れる、彼女は足が悪いので正座できないの自制の椅子を使っているのだがそれの足が折れてしまった転倒したが怪我は無かった。三味線部長曰く、「障子戸が壊れなくてよかった」とみんな大笑いした。
2008/02/09(土)第12回あわせ会(氷室公民館)
 朝から雪が降り出し終わる頃にはかなりの積雪であったが日中は凍結することは無い
2007/12/16(日) 本部で役員会
本部で10:00から中間役員会を行った、来年5月17日(土)の第23回発表会について打ち合わせを行った。会議の後各自負担で弁当をとり先生の手料理なども出てお昼を食べて散会となった。会員が少なくなって出演料が少なくなって発表会の費用が心配されたが三味線の昇格者が多くて出演料は昨年と変らない額になることがわかった。各教室の出演料集金締め切り提出は2008年1月末

2007/11/18(日) 第11回あわせ会
 第11回あわせ会が氷室公民館で行われた。弾き歌いは名取試験を受けなかったので自由課題で「黒田節」、唄は「喜代節」三味線教室の合奏弾き歌いは「島原の子守唄」伴奏曲は「木曽節」と「高島節」と「沢内甚句」 西五百住教室の唄伴奏の合奏を「あがらしゃれ」
 高島節が歌い方でそれにあわせるのが難しかった。

2007/10/19((金)
 長い間日記を書いていなかったお久しぶり。発表会が終わって直ぐ来年歌う唄を決めた「喜代節」秋田県の民謡である。
 今年もあと一ヶ月であわせ会である11/18(日)場所が変わって氷室公民館ときまった。
 あわせ会では「黒田節」を弾き歌いする、名取試験を受けなかったので自由課題となった。唄は「喜代節」を一人で歌う。三味線は合奏が「悲しい酒」「みだれ髪」「花笠道中」で伴奏が「木曽節」「高島節」「沢内甚句である。いまそれぞれ特訓中である
 先週、あわせ会の会費を払った。唄だけの人は¥2000で三味線の人は¥3000である。お弁当は出る

2007/05/13(日) 打ち上げ
 昨日発表会で今日はその打ち上げ、会費¥3000富田のすし屋さんの二階で1130-1430位。席順を全員がくじ引きで決めて座りなおした。ビンゴゲームで景品を沢山用意していたのに驚いた。
 会主と部長と洋春さんが三味線持参でテーブルごとの合唱したり希望者が歌を唄った。勿論民謡、なんだか教室の延長のようであったが、皆さん盛り上がっていた。会場のカラオケセットに電源が入っていたので今年はカラオケもやるのかと思ったがやらなかった。最後に炭坑節を唄って踊った。

2007/05/12(土)第22回発表会  
http://teinenalbum.web.fc2.com/album114.html
 高槻現代劇場現代劇場中ホール0730集合、0800開場荷物を入れて準備0900頃から音あわせリハーサル。あっという間に開演時間の1100になった。今年は写真撮影の片田さんを紹介している。何かと気がかりである。
 自分の出番、オープニングの三味線合奏「藤寿三番叟」これがサッパリ弾けない感じ金縛りにあったようで、丁度前に太鼓の春史会副会主がいて、それだけでもあがるし舞台の異様な雰囲気には圧倒されてしまう。
 オープニングの合奏が終わると直ぐに「開会の挨拶」を幕前でした。これも上がりはしたが三味線ほどではない、あらかじめ話す項目を何回も確認していたのでこれを並べたわけだが言葉のつなぎがギクシャクしたかもしれない。

 後は出番は少ない、三味線伴奏が3曲「まめひき唄」「津軽願人節」「十三の砂山」 合奏「宇和島さんさ」「下津井節」「外山節」「大島アンコ節」古い流行歌「支那の夜」「十三夜」「明治一代女」 いずれも弾けるというとこまで行かない。結構練習してきたつもりで居たがさっぱりである、あの舞台の雰囲気は独特である。小さいホールだしそんなに多くはない観客なのだが舞台の上の台に座ってライトを浴びると体が固まってしまうのである。
 先輩達の弾きも萎縮しているように聞こえた。リハーサルの方が良かった。先生がリハーサルの後で言った「リハーサルが旨くいくと本番が怖い」のです。その通りになってしまったのかもしれない。
    

 

2007/04/29(日) 第22回発表会リハーサル
 桜ヶ丘公民館にて発表会リハーサル0900-1430比較的早く終わった。尺八・太鼓・三味線・今年は珍しく午後から踊りの人も参加した。唄、「福光めでた」スタートの部分の間合いがちょっとおかしかった。三味線、伴奏曲は「津軽願人節」旨く弾けない早く走ってしまうのである。比較的速い曲であるがそれなりにユックリ弾くというのが難しい。合奏曲は先生の真後ろに位置して座ってしまった。やばいなーと思ったら案の定「早い!」とやられた。本番では後ろの端っこであるから自信のないのは音を出さないようにしなければいけない。
 民謡三味線ももう3年目であるのでもう少し旨くなれるのか思ったがそうはいかない様である。先生は時々壁がありますと言うがまさに大きな壁に突き当たったままのような気がする。

2007/04/22(日) 春史会第31回発表会
 
今日は現代劇場大ホールにて春史会第31回民謡演奏会で連合会から三曲合唱した。「姉こもさ」「祖谷の粉ひき唄」「郡上節」唄わせてもらってハンカチセットをもらった。
 天気予報がお昼頃から雨というので車で行った早いめに行ったので難なく停められた。入場のときアンパンをもらった、お昼は外のレストランは超満員でちょっと歩いて国道北のラーメン屋さんへ¥650で定番ラーメンが美味しかった。帰りには紅白の御餅をもらった。

2007/04/14(土)合同練習
 今城塚公民館で合奏や唄伴奏、唄の合同練習朝から弁当もちで一日中。合奏曲もところどころちゃんと弾けない部分があった。練習している割に駄目である。唄もタイミングが旨く取れない、伴奏曲の三味線は速いとやり直しである。散々な一日であった。旨くいかないとすぐもう限界かなあーなんて弱気になってしまうこの頃である。

2007/03/10(土)合同練習(発表会のため)
 今城塚公民館(三味線教室)で今年二回目のあわせ会を行った。午前中は幼児室で午後から和室で行った

2007(平成19年)/01/23
 
今年に入ってもう三回目の教室である。今日はメンバーが揃ったので稽古を早く切り上げ新年会(と言ってもお弁当と缶ビールを少し)行った。一人又辞めてしまった家族の病気看病のためである。

2006/12/19
今年最後の教室、年始は01/09(火)からスタートする。1月分会費、月末までに発表会の出演料を集金のこと。来年の発表会は5月12日(土)で翌日13日日曜日に打ち上げを行う。場所は未定、担当教室は柳川

2006/12/17 役員会
 
6/24に決算役員会を行い18年度から副会長を仰せつかっているが何もしない副会長である。12/17本部で中間役員会を行った。来年5月12日(土)の第22回発表会について打ち合わせを行った。会議の後各自負担で弁当と缶ビールが出たが車で行っていたので飲めなかった。残念

2006/11/12(日)第10回合わせ会
 桜ヶ丘公民館、昨日の雨はあがったが冷たい風が吹いている。今年は合わせ会が始まって10年目だそうである。最初の頃は三味線部会の会であったらしい。合わせ、というのは着物のあわせの時期でもあり、歌と三味線を合わせる意味もあり、各教室の会員の顔合わせという意味もかねているという。
 自分は3回目の参加である。
 今年は一人で歌ったのは「福光めでた」富山県民謡、三人で弾く唄の伴奏は「まめひき唄」「津軽願人節」「十三の砂山」以上3曲。合唱の伴奏「いやさか音頭」
 三味線合奏がまだほとんど弾けない「藤寿三番叟」、難しい流行歌「支那の夜」「十三夜」「明治一代女」、初心者クラスの「黒田節」であった。
 一番大変なのが一人での弾き歌いである。去年に続いて「長者の山」であった。
 練習していた割りに旨くいかなかったというのが何時ものことである。
 


2006/10/29
 第14回高槻郷土民謡祭りで教室の所属する連合で合唱出演した「庄内おばこ」「久保田節」「石投げ甚句」の3曲を歌った。現代劇場中ホールで行われたがお客さんは少ない。ほとんどが出演者の家族など関係者のようである。

2006/10/04 唄の練習
 10/29市の郷土民謡大会の合唱曲、3曲「庄内おばこ」「久保田節」「石投げ甚句」の稽古をしている。
 11月の合わせ会で歌う「福光めでた」、これは来年の発表会でも歌うので特訓中、出だしの部分の間合いが難しく時々しかうまく歌えない。
 5月の発表会の後は「福光めでた」「小倉節」を稽古してきた。夏場に掛けて来年の発表会で歌う唄を各自選んできた。9月23日秋分の日に教室を借りている会場の敬老会があって教室からも民謡を歌うのが恒例であるが私はシニアエイトの旅行で今年は出られなかった。

2006/06/24 役員総会
 先日先生から会の副会長を要請された。私はまだ入ったばかりで何も解らないし適当な先輩がたくさんいらっしゃるではないかと辞退したが、できれば男性にお願いしたいということもあって、特にこれといった仕事はないのです。というので出来るかどうかわからないが引き受けることになった。会期は6月から5月までとなっていて例年6月に総会と12月に役員会をもつそうである。

 6/24は17年度(17年6月〜18年5月)の総会役員会で各教室の幹事と会主、会長、副会長、書記、会計、監査役で料理屋さんで会費制で行われた。

2006/05/14 発表会の打ち上げ
 5/14日曜日、発表会の打ち上げを料理屋さんでお昼に行った。昨年は20周年記念発表会であり打ち上げもお客さんがあったが今年は内輪だけであり、参加者も少なく32名であった。余興で皿回しを披露した。手品もやろうと思っていたのだが道具を忘れていってしまった。又の機会にしよう。
 後は教室ごとに合唱したり血液型別に合唱したりと賑やかに過した。因みに血液型はO型が一番多かった、私もO型である。今年は私たちの教室が打ち上げの担当であり先輩が司会をし私は乾杯の音頭と急に閉会の挨拶を言われが挨拶にならない挨拶をした。常に何をいわれてもそれなりに対応できるように心構えをしていなければならないと思ったがソリャ難しい。

2006/05/07(日)連休最後の日 民謡教室第21回発表会
 昨日までいい天気であったが今日は雨模様、8:00現代劇場へ集合し舞台や楽屋の準備をして9:30ころから音合わせをし時間の許す限り合奏曲などのリハーサルをすした。
 大きな舞台に座ると三味線が思うように弾けないのでこんなはずじゃないがと驚く。去年の初めてのときのほうが旨く弾けたような気がする。

 11:00開演、進行係なので舞台の袖で歌う人を順番に確認しながら舞台に送り出す。自分の出番は20番の三味線合奏からである。変な音を出さないようにと思うと思い切って弾けないいらだたしさを感じる。
 22番「津軽願人節」を歌う、これは心配していた歌詞もスムーズに出てきて旨く歌えたと思っている。
 お昼になるが次の出番が気になって弁当を食べ損なう。24番「神長老林節」の三味線伴奏、27番「元唄貝殻節」のお囃子の後30番の男性合唱2曲「九十九里木遣り唄」・「関の鯛つり唄」を合唱したが皆今までで一番旨く歌えたと思う。自画自賛

 36番「仙台よしこの節」を伴奏、三味線はホントに落ち着かない。その後しばらく時間があったが43番の「民謡雛ぶり三番叟」の合奏を弾くのに黒の紋付袴を着けるので着替えるのが大仕事である。
 三番叟が終わって又着替えて50番「おばば」の伴奏であるがこのときアクシデント、一緒に弾く先生と先輩が下手の待機場所(調弦所)に来ないのである!!司会はアナウンスして歌い手は舞台に出ている。一人では出られない、やっと先生が駆けつけたが先輩は来ない、仕方なく二人で弾いた。先生も急に先輩のベテラン二人が出演できなくなり、弾く曲数が多くなって混乱していたようであった。

 「おばば」の伴奏が終わってすぐ三味線を舞台の袖において「能登麦や節」のお囃子を歌った。この後おにぎりを一つほうばっただけである。60番の三味線合奏の民謡メドレー「祝いめでた」「原釜大漁祝い唄」「長者の山」「あがらしゃれ」廣島木遣り音頭」の5曲を弾いて終わった。着物から洋服に着替え後片付けの準備に備えた。終わったのは16:00過ぎ家に帰ったのは17:00頃であった一日雨が降ったりやんだりしたようである。
 
 声を出す方は比較的リハーサルより旨くいったと思うが、三味線の方がサッパリだめという思いが強い。家の稽古やリハーサルよりも弾けないのである。
 変な音を出しても叱られはしないがどうしても遠慮してしまうし、あの舞台の環境では自然と手が動かなくと言ったほうが正解なのか、とにかくあの雰囲気に慣れなければ解決しないような気もする。
 先生はよく言う、三味線を弾きながら考え事をしたり、用事を思い出すことが多いという。
 今日も調律の人の話だが「ある三味線弾きは弾きながら居眠りをするのだそうだが曲はちゃんと唄になっている」居眠りをしても手はちゃんと動いているのそうである。

 そのくらいになれば舞台であろうが座敷であろうが何処ででも弾けるであろうが、そこまで稽古するのに私には寿命の時間が足りないだろうと思う。どこまで出来るようになるか頑張ってみよう。
     

2006/05/2・3・4 合同練習と三味線特訓
 
連休に入ったが民謡教室にはお休みは無い 5/2(火)AM合同教室 5/3(水)PM合同教室 5/4(木)9:00から一日三味線合奏、伴奏の稽古と本番まで最後の練習が続いた。
 この時期は先生もあまり怒らない、よく出来ていますよ、後は体の調子を整えてくださいとおっしゃる。プログラム作成後に数名の方が体調を崩し本番欠席が出ている。

2006/04/25・26 合同練習が続く
 4/25(火)午前中各教室合同で合わせ会。4/26(水)午前中は三味線教室午後から場所を変えて唄の合わせ会と合同練習が続く。三味線も歌も練習してもしても上手にならないばかりか難しくなっていくような気がしてならない。自分の歌う唄の歌詞でさえ途中でフットでなくなることがある。三味線も手がもつれてとても弾けなくなることがある。もう年齢的に限界なのかなーと思うことがある。

2006/04/23(日) 発表会のリハーサル
 
公民館を借りてお弁当つきで5/7の本番に向けてリハーサル小さい舞台つきでマイクを使って尺八や太鼓の先生も着てくれて本番さながらのリハーサルであった。
 唄やお囃子はまずまず、男声合唱の関の鯛つり唄、一部音程が高いと言われている部分があり十分直っていないとこれは後で注意された。三味線は相変わらず雑音が入ったりでよく弾けない。
 今日のリハーサルは着物を着ていったのだが古い着物だったので座ったり立ったり繰り返したので終わり頃、腰の部分の縫い目が少し破けてすぐに服に着替えた。

 三味線もTシャツで弾くのと着物で弾くのと少し感じが違う、時々は着物を着て稽古した方がよさそうである。着物の着こなしも時々着てなれた方がいい。
 
2006/03/18 合わせ会合同練習
 
発表会に向けて2回目の合同練習、9:00-15:30弁当持参でみっちりやる。よほど民謡が好きでなければちょっと耐えられないかもしれない。そぞれ唄と伴奏を唄の人のキーにあわせて弾き唄う、なかなかお囃子が難しい。今年専属の人が一人お囃子からリタイヤしたので新しい人が手分けして稽古している。
 自分も「能登麦屋節」と「貝殻節元唄」のお囃子を歌うがなかなか調子が合わない。
 
 2006/03/02 民謡合わせ会 合同練習始まる
 
今年の発表会は五月の連休明け5/7(日)である。いよいよそれに向けての各教室の三味線メインの合同練習が始まった。三味線合奏や伴奏曲のリハーサルのようなことをやる。今日3/2(木)朝から一日9:00-16:00まで弁当もちである。早や3回目である、二回目は屋久島旅行で参加しなかった。
 今日は新しく「囃子」を二曲歌うことになった、今年はないのかと安心していたが唄うことになった。囃子は唄より難しい一面がある。タイミングと音程が難しいのだ、「能登麦屋節」歌い手と一緒に歌う部分があるから唄を覚えなければならない。もう一曲は「貝殻節元唄」である。少しは聴いたことのある唄だが、追い分けの途中で「ソイー、ソイ」と囃子を入れるところがある。今日はじめてでアマリの大声に皆に大笑いされた。

 平成18年(2006)/01/21 今年5月の第21回発表会の唄が決まった
 
一人で歌うのは青森県の「津軽願人節」である。男声合唱が先週の教室で知らされた千葉県の「九十九里大漁木遣り唄」と大分県の「関の鯛つり唄」である両方ともほとんど知らない歌である。
 女声合唱は和歌山県の「新串本節」と三重県の「尾鷲節」である。

民謡の故郷

「石投げ甚句」(宮城県)
 ♪船は出て行く朝日は昇る 鴎飛び立つ 賑やかさ
  県南部の伊具や亘理方面で広く唄われています。酒席の唄、福島県 の相馬地方と接する亘理郡山元町一帯の太平洋に面した笠浜の漁師たちが唄います。県の海岸部一帯で広く唄われる「浜甚句」の一種で、「遠島 甚句」とは兄弟唄の関係です。土地では「笠浜甚句」とも呼ばれ、網の中に魚を 追い込むときに小石を投げながら唄うところから石投げの名があります。別名「帆走り甚句」と もいわれています

「豆ひき唄」(山形県)
 ♪豆はこう挽け こうしてまるけ 馬はこうして こうつけろ
豆ひきの作業唄です。豆ひきとは乾燥した豆殻から豆を打ち落とす作業のことです。 福島県伊達地方の機織り唄ともいわれています。宮城県の後藤桃水(1880-1960)が福島県伊達郡の「桑摘み唄」の節を取り入れてまとめあげたものです。昭和25 (1950)年山形県の民謡家の斎藤桃菁が民謡大会で唄って優勝しました。山形県の民謡とされるようになったようです

「庄内おばこ」(山形県)
 ♪おばこ 来るかやと たんぼのはんずれこまで 出て見たば おばこ来もせで 用のない 煙草売りなど ふれて来る
酒田を中心とした庄内平野の農村部で、酒席の踊り唄として唄われてきました。 「おばこ」は若い娘さんのことです。正月などに豊年祝いにやってくる門付け芸 人が唄っていました。はじめは「出羽節」と呼ばれていたようです。歌詞は上の句と下の句が対話形式になっているのがおもしろい。

「原釜大漁祝い唄」
(福島県)
 ♪そりゃ 相馬沖から走りこむ船は 明神丸よ・・・
福島県の漁港、原釜でまぐろの大漁のとき漁師たちは網元の家などに集まって 手拍子も賑やかに唄ってきたものです。宮城県の「ドヤ節」「サイトコ節」「大漁唄い 込み」などと同系統の唄で岩手県の「気仙坂」が変化したものです。 角網を原釜が使用しはじめたのは明治中期以降とされています

「祝いめでた」
(福岡県)
 ♪祝いめでたの若松さまよ 枝もさかゆりゃ 葉も繁る
 博多地方の農漁村でお正月や婚礼などのお祝いの席で歌われてきました。酒盛りが終わり近くになると長老が歌い始めたそうです。皆も声を合わせて唄い始め、何回か唄うと一人二人と次第に席を立っていき座を閉じるのだそうです。別名「博多祝い唄」・「えいしょうえ」と呼ばれています。

 「能登麦屋節」(石川県)
 ♪麦や小麦は二年で刈るが米はお六で年はらみ
 能登半島の西側、日本海に面する門前町あたりの大百姓を麦屋と呼んでいた。彼らは近郊で採れる小麦を集めて石臼で挽き能登麺の原料として売っていました。この麦屋で働く粉挽き職人が石臼を廻しながら唄っていました。
 内陸部の人が粉挽き仕事に行ってこの唄を故郷に持ち帰り、次第に広まり広く北陸地方で歌われるようになったそうです。
 
 「関の鯛つり唄」(大分県)
 ♪関の一本釣りゃな 高島の沖でな 波にやゆられて さよう言うたの 鯛を釣るわいの♪
  佐賀関(さがのせき)半島の突端にある関は別府湾の鯛釣りで有名なところです「大漁節」か地引き 網の「綱曳き唄」が変化したものとされています

 「尾鷲節」(三重県)
 ♪尾鷲よいとこ 朝日を受けて 浦で五丈の 網を引く 中村山の お灯明あげ 国市さまの 夜篭り♪
  熊野灘に面した尾鷲港で船人相手の女たちが酒席の唄として唄ってい た。当時は「なしょま節」と呼ばれていました。
 大正6年(1917)、レコード吹き込 みの際に改名されました。江戸で大流行した「こちゃえ節」が、この地の「御輿かつぎ唄」 となり、これに江戸時代末の流行唄「のんのこ節」の囃し言葉が結び付いたも ので、こうしてできた「尾鷲節」にさらに同地に伝わる獅子舞神楽の道中囃しを前奏に加えたものが今日の「尾鷲節」です。

 「津軽願人節」
(青森県)
 ♪昔なあ 蝦夷より 願人和尚が 寝物語に この唄を・・♪
  代参や代願をする願人坊主が唄うので「がんにん節」と言われ、京都 鞍馬山大蔵院の支配下にある願人坊主たちは全国を回って「御祈祷」「チョ ボクレ坊主」「アホダラ経」「住吉踊り」などを演じてお金をもらい生活していました。
 住吉踊りは長柄の傘の柄を叩いて拍子をとりながら音頭取りが唄いその周りを菅笠をかぶり、うちわを持って踊り手が踊りました。その時の唄が伊勢神宮の遷宮式に使う御用材を曵くときに唄う「木遣り唄」又は「伊勢音頭」とも呼ばれる「ヤートコセー」でした。明治に入ると願人坊主は姿 を消したため「がんにん節」もすたれてしまいました。

 「九十九里浜木遣り唄」
(千葉県)
 ♪はあここは九十九里東浪見(とらみ)ヶ浜は今日も大漁のやれ旗の波♪
 千葉県東部の長生郡一宮(いちのみや)町は明治23年(1890)に町制がし かれた城下町です。その後昭和28年(1953)には東浪見村を合併してこの一宮町にある玉前 神社に参詣する氏子達によって広められた木遣り唄で大漁や海上安全の祈願がこめられています。

 「黒田節」(福岡県)
 ♪酒はのめのめ飲むならば日の本一のこの槍を呑み取るほどに呑むならばこれぞまことの黒田武士♪ 黒田藩士が唄っていた「筑前今様」が変化したもの。今様とは当世風の歌 という意味で天正18年(1583)福島正則は小田原城攻めの手柄として豊臣秀吉から名槍日本号を贈られた。
 ある時黒田藩二十五騎の一人である母里太兵衛(もりたへい)は福島家へ使者として出向くが、太兵衛の酒 豪ぶりを聞いていた正則は日本号を賭けて大杯を進めた。太兵衛は見事にこれを呑 み取った。黒田藩の者がこれを題材にして今様をつくり愛唱したとい います。この筑前今様の「黒田武士」を「黒田節」に変え昭和18年(1943)に赤坂小梅がレコードに吹き込みました。以後、酒の席で欠かせない唄となりました。

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